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東京地方裁判所 昭和33年(行)30号 判決 1960年3月16日

原告 日本シルク株式会社

被告 東京国税局長京橋税務署長

訴訟代理人 河津圭一 外四名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者等の申立

原告代理人は、

「(一) 被告京橋税務署長が、原告の昭和二九年三月一日から同三〇年二月二八日までの事業年度について原告がなした法人税額の確定申告につき、昭和三二年七月九日付でした更正処分を取り消す。

(二) 被告東京国税局長が、前項の更正処分に対して原告がなした審査請求につき、昭和三二年一二月一九日付でした却下決定を取り消す。

(三) 訴訟費用は被告等の負担とする。」

との判決を求め、

被告等代理人は、

「(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

第二、当事者等の主張

一、原告代理人は請求の原因及び被告等の主張に対する答弁として次のとおり陳述した。

「(一) 昭和三〇年四月三〇日、原告は昭和二九年三月一日から同三〇年三月二八日にいたる事業年度(以下本件事業年度という。)における法人税確定申告を被告京橋税務署長(以下税務署長という。)に提出したところ、税務署長は昭和三二年七月九日付更正処分(以下本件更正処分という。)をもつて右確定申告の計算中次の勘定項目を否認した。

(1)  借方

(イ) 土地      二〇、五八四、三四四円

(ロ) 建物      九九、三九九、四二四円

(ハ) 構築物      八、六八九、九〇一円

(ニ) 機械装置   一〇八、五八三、二九〇円

(ホ) 工具器具備品   五、九四二、八三五円

(ヘ) 貯蔵品      二、六四三、九七三円

(ト) 製品      三一、七六九、八六七円

(チ) 貸付金      七、六〇七、二八〇円

(リ) 繰越欠損金   五四、八三九、五四六円

計     三四〇、〇六〇、四六〇円

(2)  貸方

(イ) 再評価積立金 一五二、三六四、一九二円

(ロ) 借入金    一八七、六九六、二六八円

埼玉銀行より 七八、九三七、三一一円

中沢寿より 一〇七、七五八、九五七円

計     三四〇、〇六〇、四六〇円

(二) 昭和三二年八月六日、原告は本件更正処分について被告東京国税局長(以下国税局長という。)に対し審査の請求をしたところ、国税局長は昭和三二年一二月一九日付(翌二〇日原告に到達)審査決定通知書をもつて原告の審査請求を却下する旨の決定(以下本件審査決定という。)をなした。

(三) しかしながら、本件更正処分及び本件審査決定は次の理由によつて違法である。

(1)  本件更正処分において否認された借方の勘定料目及び貸方の勘定料目のうち貸方の中沢寿からの借入金以外のものについては、借方に記載した各資産が原告の所有であるのにこれを原告の所有でないとして否認したのは違法である。すなわち昭和二五年六月七日、原告は株式会社埼玉銀行との間に当時銀行が原告に対して有していたと自称する金一五〇、〇〇〇、〇〇〇円余の債権に対し、原告所有の前記借方に計上した土地、建物、構築物、機械装置、工具器具備品、貯蔵品、製品等を代物弁済する契約を結んだが、右契約は商法第二四五条にもとずく原告の株主総会の特別決議がなく、又契約の要素につき錯誤があるため無効であつて、右各資産はいずれもいぜんとして原告の所有に外ならない。しかるに税務署長はこれを原告の所有に属しないものとして前記勘定料目を否認したのであるから本件更正処分は違法であり、本件審査決定も右違法を承継して違法である。(なお原告は埼玉銀行に対して右各資産の返還訴訟を提起し、東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第七七七七号事件として審理継続中であり、又税務署長が原告の右各資産に対する資産再評価税額申告を却下した決定については審査請求を経て国税局長を相手方として抗告訴訟を提起し、東京地方裁判所昭和三二年(行)第一四号事件として審理継続中である。)

(2)  次に前記の勘定料目のうち貸方の原告の中沢寿からの借入金は、原告が中沢から昭和二三年三月から同年五月までの間に借入した金一〇四、一〇〇、〇〇〇円と昭和二三年三月一日から昭和二四年二月二八日までの間に原告と中沢との間に生じた貸借の借越残高金四、六五八、九五六円九九銭との合算額であるが、右金一〇四、一〇〇、〇〇〇円は当然昭和二四年二月二八日の決算において計上したうえ法人税額申告をなすべきであつたが、偶々同年三月に生じた原告の刑事事件のために東京地方検察庁に帳簿類を押収されたため技術上計上し得なかつたし、又右事件によつて存立の危殆に瀕した原告において比較的多額の借入金を計上することにより金額面等において会社経営に好ましくないと考えられたので帳簿書類の返還を受けた後の本件事業年度の決算にこれを計上したものである。しかるに各借入金の勘定料目を否認してした本件更正処分は違法であり、本件審査決定も右違法を承継して違法である。

(3)  原告は法人税の申告につき青色申告書をもつて確定申告をすることの承認を受けているが、法人税法第三一条の四第一項によれば、青色申告書を提出した事業年度分につき更正処分ができるのは法人の帳簿書類を調査してその調査により課税標準又は欠損金額の計算に誤があると認められる場合に限られるところ、本件更正処分において税務署長が否認した勘定料目は前述のとおりすべて原告の申告のとおり相違ないから本件更正処分は前記勘定科目についての調査を全く欠きあるいは適法な調査がなされなかつた違法があり、本件審査決定も亦右違法を承継して違法である。なお、税務署長が否認した前記勘定科目の計算は借方貸方ともに同額であるため、その計算を否認しても本件事業年度における所得税額ないし法人税額は否認しない場合と何ら変りはないのに、税務署長は敢てこれを否認したのである。

(四) 原告は本訴において本件更正処分によつて決定された法人税額について不服を申し立てるものではなく、税務署長が原告の法人税額確定申告書に添付した決算書類のうち(一)記載のような計算否認をなし、これにもとずいて本件更正処分をなしたことを不服としてその違法を主張するものであるが、本訴は次のような理由によつて訴の利益がある。すなわち若し本件更正処分が判決によつて取り消されることなく確定すればこれに確定力が生ずる結果、次期事業年度において本件事業年度においても同じ勘定料目の否認がなされてこれにもとずいて更正処分がなされても、原告はもはやこれを争うことができなくなるので、たとえ本件更正処分の税額について争がなくともその取消を求むべき訴の利益がある。これをさらに具体的にいうと、まず中沢寿からの借入金以外の否認勘定中に含まれている建物、工場施設等税務計算上減価償却を認められる固定資産及び貯蔵品、製品等棚卸し資産について原告の所有資産としてそれぞれ減価償却ないし棚卸しを行えば前者についての減価償却額、後者についての棚卸減耗額はいずれも損失金勘定となるし、又同じく土地、建物等原告の資産を他へ処分することによつて受ける対価は処分価額が帳簿価額より高額に約定された場合にはその差額のみが法人の利益に算入されることとなるが、若し右資産が原告の所有であることが否認されれば減価償却額、棚卸減耗額等の損失金勘定は認められないし、又帳簿価額はあり得ないこととなるので処分価額の全額が利益として処分時の事業年度の法人所得に算入されるため原告はその金額だけ余分の法人税額を賦課されることとなる。次に中沢寿からの借入金についていうと、若しこれが否認されると将来原告が中沢に対して借入金の利息を支払つてもこれを原告の当該事業年度における損失金として計上できなくなるのでその分だけ原告は余分の法人税額を賦課されることになるし、又将来原告が中沢に右借入金を弁済すれば中沢に対する金銭贈与ないしは賞与と認定されて原告は所得税源泉徴収義務を負うこととなる。もつとも原告は右徴収額を中沢に求償請求することができるが、利子税、加算額等は原告の負担となる。」

二、被告等代理人は請求の原因に対する答弁及び被告等の主張として次のとおり陳述した。

「(一) 請求原因(一)(二)記載の事実は認める。同(三)(四)記載の主張は争う。

(二) 法人税の確定申告、更正及び決定においてその対象とされるのは課税標準たる所得及びこれに対する法人税額であつて、その算定根拠たる個々的計算内容の如きはその対象とならない。このことは法人税法が法人に対してその課税標準たる所得金額及び法人税額についてはその申告を要求している(同法第一八条から第二一条)が、他方右課税標準等の計算根拠を示す財産目録、貸借対照表、損益計算書、所得金額の計算に関する明細書及び法人税額の計算に関する明細書はこれを右課税標準等確認の参考としてこれを添付させるにとどめ、これを申告の内容としていない(同法第一八条第六項、第二一条第三項等)ことによつても明らかである。したがつて課税上各個の事案の処理にあたつては右課税標準が真実何程であるかを探究してこれを確定することを必要とし、かつその確定された内容が法的狗束力を持つべきことは当然であるが、これに反して法人の個々的税務計算の内容は課税標準を認定し、又はその合理性を諒解させるための手段とはされるが、これを課税上独立して確定させ当該課税標準認定のための効用の限度を超えてこれに何らかの法的拘束力を持たすべき何らの必要も存しない。要するに更正又は決定によつては課税標準及び税額についてのみ拘束力が生ずるのであつて、これらの処分を争わぬことによつて確定をするのも課税標準及び税額に外ならず、その根拠たる個々的税務計算内容は課税標準が争となつてその算定根拠が論ぜられる場合においても当該事業年度の課税標準の認定の基礎としてそれに必要な限りにおいて判断を受けるにとどまり、その判断自体は翌期以降の課税標準の認定に何ら拘束を及ぼすものではない。したがつて税務署長のこの点の判断に誤謬がある場合においてもこの点だけ独立して訴願又は訴訟の対象とすることはできない。このことは法人税法第三四条、第三五条が再調査又は審査の対象となし得る異議を課税標準又は法人税額に対するもののみにとどめていることからしても十分裏書きされている。

(三) 原告が本訴において違法を主張する計算否認は、本件更正処分の通知書の添付書類に記載されているものであるが、これは本件更正にかかる課税標準算出上の諸因子(原告申告額につき加算又は減算すべき項目の金額)を掲げて右課税標準額に到達した計算的根拠を明らかにしたものであつて、その内容は課税標準算定上所掲の各計算項目について税務署長と原告との間に如何なる判断の差異があるかを示しているにすぎず、したがつて原告の経理内容を実質的に変更確定するものでもこれにより税法上翌期以降の所得金額等計算について何ら法的拘束力を及ぼすべきものでもない。又右計算否認は原告が不当と主張する加算額の合計と減算額の合計がその金額を全く等しくし、相殺される関係にあつて原告の本件事業年度における課税標準又は税額に何ら影響を及ぼさないので原告に法律上何らの不利益を与えるものではないし、若し原告の翌期以降の計算について税務署長が同様な判断を適用して更正又は決定をした場合には、原告としてはその際にこれを争えば足りる。したがつて本件更正処分は何ら違法でない。」

理由

一、原告が本件事業年度の法人税につき京橋税務署長に確定申告をしたところ、税務署長は昭和三二年七月九日付で本件更正処分をなし、その理由として事実摘示第二一(一)記載の勘定科目の計算を否認したこと、原告は右更正処分を不服として東京国税局長に対し審査の請求をしたところ、国税局長は昭和三二年一二月一九日付で審査請求を却下する旨の本件審査決定をしたことは当事者間に争がない。

二、原告は税務署長が本件更正処分をなすについて前記勘定科目の計算を否認したことを不当として右更正処分の違法を主張する。しかし原告は本件更正処分によつて決定された原告の本件事業年度における課税標準たる所得金額、法人税額については何ら不服を有するものでないことは原告の主張自体から明らかであるが、法人の申告に対する更正処分は申告にかかる課税標準又は法人税額の更正に外ならない(法人税法第二九条第一項)から、更正処分によつて決定された課税標準である所得金額及び法人税額に不服がないということは、とりもなおさず更正処分自体に不服がないことに外ならない。しかして一般に違法な行政処分に対して処分の相手方その他の第三者が抗告訴訟を提起することができるのはこれらの者が当該行政処分によつて法律上の不利益を受けたためにこれを是正する必要がある場合に限られるものと解すべきであるが、本件のように更正処分自体については不服がなく、単にその理由としての勘定科目の計算否認についてのみ不服があるにすぎない場合には、本件更正処分の取消を求めてはいても、右処分による原告の法律上の不利益を救済するという目的は存在しないわけである。原告は若し本件更正処分が取り消されることなく確定すると前記計算の否認も拘束力を生ずる結果次期事業年度において同様な計算否認がなされてもこれに対して不服を申し立てることができなくなるという法律上の不利益を蒙ると主張し、それ故にたとえ本件更正処分の課税標準、法人税額について不服がなくとも本訴により右更正処分の取消を求める利益があると主張するのであるが、原告の右主張は理由がない。すなわち法人税法上法人が確定申告を要求されるのは各事業年度の課税標準である所得金額及びこれに対する法人税額であつて(同法第一八条第一項)、財産目録その他の会計帳簿、所得金額及びこれに対する法人税額の計算に関する明細書は確定申告書の添付書類として提起する(同法第一八条第六項)にすぎないし、税務署長が確定申告を更正するに際して更正の対象となるのもやはり課税標準又は法人税額であつて(同法第二九条第一項)、添付書類に記載された課税標準等算出のための計算はその対象とならない。さらに更正処分を受けた納税者がこれを不服として税務署長に対し再調査を請求するに際して不服申立の対象となるのも同じく課税標準又は法人税額等であつて(同法第三四条第一項)、税務署長が更正処分の理由として処分の通知書に記載する添付書類の計算否認は独立の不服申立の対象とはされていない。右の一連の手続規定に照らせば更正処分が確定することによつて確定力(不可争力)が生ずるのは課税標準及び法人税額についてであつて、更正の理由とされる税務計算の否認についてはこの効力が及ばないことが明らかである。もつとも更正処分が取り消されることなく確定すれば、税務署長は翌期以後においても同一の勘定科目について同様な計算否認を行うであろうことは一応予想されるけれども、前述のとおりかような計算否認については何ら確定力(不可争力)を生ずるものでない以上、若し当該納税者が翌期以後において右計算否認にもとずいてなされた更正処分に不服であればその処分が現実になされた後にこれを再調査請求その他の方法をもつて争うことは何ら妨げられない。したがつて更正処分が一旦確走すればその根拠とされた計算否認について翌期以後において不服を申し立てることができなくなるという原告の主張を前提とする原告の訴の利益についての主張も亦理由がないものといわなければならない。要するに本訴請求のうち税務署長に対し本件更正処分の取消を求める部分は訴の利益がないので不適法である。

三  原告はさらに本件審査決定が本件更正処分の違法を承継していることを理由としてその取消を求めているが、前記説示のとおり本件更正処分の取消を求める部分の訴の利益が認められない以上、実質的に同一の違法事由を主張して本件審査決定の取消を求める部分の訴の利益も亦認められないことは明らかであつて、やはり不適法である。

四  よつて本訴は不適法として却下すべきであるから訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

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